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Writer's picturekoko tahara

HOCITGROUP創業期


PoCを経て、本運用に耐えうるプロダクトとして再度スクラッチから開発を行い、2011/3/1にβとして一般にサービス公開をします。この時はRailsのバージョンは3.0.3でした。

インフラもこのタイミングでAWSを採用。US-Westリージョンで構築を行いました。 そして2011/3/1のβ公開翌日、AWS東京リージョンが突如として開放され、よくある「問題を頑張って解決した後にAWSが簡単にそれを解決してくれるサービスを出してくる」をいきなり踏むことになります。(ちなみにその9日後には3.11が起き、それどころじゃねー、となります。)

振り返ってみると、当時のHOCITGROUPは今以上に外部プレイヤーに大きく影響を受けるプロダクトだったと思います。ギフトの送信方法も最初はTwitterのAPIを呼んでメンションで送る、という方法で、その後数年間SNSのトレンドやAPIの変更に併せて送信方法を追加・更新していく必要がありました。また送る商品に関しても最終的にはチェーン店の商品を取り扱う事を目指していたものの、いきなりそれが実現できるはずも無く、街の小さなカフェに営業をかけ掲載させて貰っていました。なのでプロダクト設計としては小さなカフェが並ぶ形に最適化せざるを得ず、首尾よく大規模チェーンとのトライアルが決まったりすると個別対応が必要となり逆に悩む、みたいな事が起きていました。

尚当時僕がユーザやマーケットの反応から感じたのは、「需要や共感は感じるけど便利さがそれに追いつかない」という状況でした。足元の数字は正直振るわなかったのですが、商品ラインナップが整い便利さが追いつけばゲームチェンジングできる、という感覚は当時から感じていました。

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